芍薬甘草湯と浮腫

最近の酷い足のむくみは、4年間にわたり芍薬甘草湯を連用したことが大きな原因であることが以下の記事によって明らかになった。

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甘草を含む処方(芍薬甘草湯)


甘草と低カリウム血症

 甘草を含む漢方処方は全漢方薬の3分の2以上を占めていますが、柴苓湯、八味地黄丸など、利尿作用(漢方では利水作用)を一つの目的とした処方には含まれていません。

 したがって、甘草は利尿の反対、つまり体液の体外流出を抑える作用があり、体に水分を蓄積する方に働きます。



 甘草を含む処方のうち、芍薬甘草湯は、構成生薬が2味という少ない配合のため、甘草の作用が最も強力に出現します。浮腫気味の人や尿の出の悪い人、つまり尿量や尿の回数の少ない人、喉がひどく渇く人などには甘草含有率の高い処方は使用しません。そのため、甘草を多めに含んだ漢方薬を服用した後、顔や手がむくんだような感じがする場合もあります。

 甘草の薬効として、吉益東洞(江戸時代)はその著書「薬徴」の中で甘草は「急迫を治す」と定義しています。甘草は、急性の痛みや痙攣に伴う筋肉のひきつり、痙攣の症状を治す作用があるという意味です。

 芍薬甘草湯エキスは足の筋肉のこむら返りや急性胃炎、あるいは尿管結石による腹痛などに即効性があります。アニサキス症や胆石症による腹痛にも芍薬甘草湯は早い効き目があり、西洋薬の鎮痛剤や筋弛緩剤より優れている場合もあります。

 また、こむら返りやギックリ腰の痙攣が起こったときにも効果があります。

 この様な働きが「急迫を治す」と記した薬効です。疼痛や痙攣緩和のためであれば、2時間毎など頻回に服用した方が効果があり、急性の症状は収まれば中止します。西洋薬のように1日3回食後という使用法ではないことを承知しておく必要があります。

 甘草を比較的多い比率で含む生薬数の少ない方剤は、体液が増加することによって高血圧を来したり、カリウム排泄が多くなるため低カリウム血症をきたして筋力が低下して立てなくなったりするミオパシーの症状を呈することがあります。連用する場合は、電解質特に血清カリウムの測定と血圧の測定を行う必要があります。

 高齢者にこのようなミオパシー(注:下記参照)や高血圧をきたす症状が多いので、高齢者ことに体力の低下したやせ型でエネルギー産生の低い衰弱気味の人には、服薬が長期にならないように、また服用中は長期になるほど電解質や血圧の測定を頻回に行う必要があります。

 芍薬甘草湯などを服用中に他の漢方薬との併用が必要な場合は、併用する方剤の甘草の量にも注意して、ほかの方剤、漢方薬の構成生薬としての甘草量が合計4g〜5g以上にならないように心がけておくことが大切です。

 最後に西洋薬との併用ですが、カリウムを低下させる利尿降圧剤やラシックスのような利尿剤と芍薬甘草湯などとの併用は避けます。逆にアルダクトンAは血清カリウムを増加させるので併用するのは差し支えありません。腎不全のような高カリウム傾向のある高齢者には甘草含有漢方薬との併用は好ましいと思われます。

 芍薬甘草湯のエキス剤はいったん熱めのお湯で溶いて、ゆっくり口に含むようにして服用します。そうすることによって甘草の主成分glycyrrhizinその他の成分も、芍薬の主成分paeoniflorinも小腸からの吸収が格段と良くなり、血中濃度も早めに上がって効果が十分期待できることになります。

 煎じ薬を冷やして飲んだりエキス剤をそのまま溶かさずに服用すると、成分の吸収が遅れ、血中濃度も低く、臨床効果がかなり遅れます。

            


(注)

ミオパチー

Myopathy

 筋肉が急に弛緩し、座っていて立てなくなる、手足が動かなくなる、四肢麻痺という症状

初期症状:階段が登れなくなったり、足の屈伸が不自由になっり、歩行障害など

躯幹に近い四肢筋群、とくに下肢、躯幹筋に筋力低下、筋萎縮を認めます。

蛋白異化作用、カリウム(K)排泄の促進作用によることが考えられています。

実験的には、筋線維の退行変性、壊死などの変化をとげることが報告されています。

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自由水

輸液を勉強する(1)


 海は、生物すべての源です。私たちの細胞は未だに海水の中でしか生きていけません。生体内の細胞外液は、海の水です。生理食塩水と呼ばれているものは、0.9%の塩水で、海水と同じ濃度です。

 ところで、のどの渇きは海の水を飲んでも満たされません。海の上で遭難した人は、水の上にいながら、脱水を起こして死んでしまいます。なぜ、海の水では、水分補給が出来ないのでしょうか?それは、海水は、“自由水”を含んでいないからです。

 自由水とは、「輸液剤の成分から等張液を抜き去った後に残る水のこと。」とされています。細胞内外を自由に移動できる水を自由水と呼び、この自由水という考え方を理解することで末梢輸液剤はすべて理解できます。

 0.9%以下であれば、多少の塩分が入っていても、水分の補給は出来ます。もし、0.9%以上の塩水(塩辛いみそ汁など)を飲んでときは、他の飲みものから水分を補給して、体内の塩分を薄める必要があります。

 自由水は、0.9%の生理食塩水を基準にして、それ以上どれくらいの水分を含むかということです。等張というのは浸透圧がこの生理食塩水と等しいということで、この場合の浸透圧は、電解質などの小分子(晶質物質)をさします。もう一つの膠質浸透圧については後日触れます。

 末梢輸液剤の電解質組成は、生体の水分の組成を基準として作られています。外科系病棟では細胞外液補充液、内科系病棟では3号輸液(維持液)が多く使用されています。細胞外補充液と維持輸液の違いは自由水をどれだけ持っているかです。

 細胞外液補充剤は細胞外液と物理的な晶質浸透圧が等しく、生食が代表的製剤で自由水を含んでいません。ハルトマン液は細胞外液の組成に極めて近く、生食との違いは陽イオンをより生体での組成に近づけたこと、また、陰イオンに乳酸イオンを利用しています。乳酸NaはNaHCO3に代謝されることからアルカリ補給の目的でも利用されています。

 輸液の基準にはすべて等張液が利用されており、等張液は細胞外液と類似の組成を持ちます。臨床上の脱水症のほとんどが等張性で、電解質を全く含まないfree waterのみの糖液の過量使用は水中毒を起こしやすく、また自由水free waterを含まない生食のみの過量使用は体液が高張性になりやすく、浮腫を起こします。いずれも希釈性アシドーシスを発生せしめることがあります。

 この自由水の含む割合の違いから、1号液(開始液)、2号液(脱水補給液)、3号液(維持液)などあります。詳細は、次回にて。

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<補足>


結合水:bound water

 結晶、水溶液、ゲルなどの含水系中に存在する水のうち、自由に動きまわる自由水free waterに対して溶質分子のまわりに強く引きつけられて、自由に動くことのできない水のこと。

 また、結合水の性質として冷却に伴う凍結を生じない、あるいは塩その他の溶質を溶かすことができないなどがあげられます。

 化合物の中にはいくつかの水分子を含んで初めて結晶化されるものがあり、この水は結晶水
water of crystallizationと呼ばれます。

 生体では組織と強固に結合した水分子があり、さらにそれはタンパク質分子内で側鎖の一部と主鎖との間に存在して立体構造を支えている結合水のある場合があります。植物では主にデンプンその他の炭水化物と結合しています。植物の種子が非常な低温でも凍結することなく生きながらえられるのは結合水によっています。

 蛋白質核酸のような生体高分子は水分子を除去しようとしても、約10%程度の水分子は除くことができないほど強く結合しています。この結合力は水素結合と静電的相互作用に基づくものです。

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  多くの漢方薬に含まれる甘草の主成分はグリチルリチン酸で、コルチゾールからコルチゾンへの転換に作用する11β水酸化ステロイド脱水素酵素を阻害する作用を持っています。
 この酵素がグリチルリチン酸の大量摂取時に障害され、増量したコルチゾールが尿細管の鉱質コルチコイド受容体に作用してNaの再吸収を促進させカリウム排泄を増加させるため、低カリウム血症を生じやすくなります。

 <<低カリウム血症による影響>>
1.循環系への影響
 低カリウム血症が著明になると、心伝導系及び心収縮力が影響され、不整脈が生じやすくなり、心機能低下をきたします。
2.ミオパシー
 ミオパシーは骨格筋を侵す筋疾患の総称で、低カリウム血症(電解質代謝異常)によるミオパシーでは、骨格筋由来のクレアチンキナーゼ(CK)値の上昇がみられます。
3.消化器系への影響
 低カリウム血症がひどくなると、平滑筋融解のため麻痺性腸閉塞を来すことがあります。
4.腎臓への影響
 低カリウム血症が長期間にわたると、尿細管の空胞変性、間質の繊維化、尿細管の萎縮が生じ、尿の濃縮力が障害されて多尿傾向となります。
5.心電図変化
 U波が増大し、T波よりも大きくなります。
 ST部分が低下し、ST感覚が延長します。
 T波は低くなり、陰性化します。
 PQ間隔が延長します。
 心房性期外収縮、心房性頻拍等の不整脈が起こりやすくなります。

 <<当院にある甘草含有漢方製剤>>

          甘草含有量         
         (g:1日服用量あたり)
 芍薬甘草湯   5.0〜6.0
 小青竜湯    3.0
 半夏瀉心湯   2.5〜3.0
 乙字湯     2.0〜3.0
 温経湯     2.0
 葛根湯      〃
 柴苓湯      〃
 柴朴湯      〃
 小柴胡湯     〃
 麦門冬湯     〃
 補中益気湯   1.5
 荊芥連翹湯   1.0〜1.5
 十全大補湯    〃
 六君子湯     〃
 加味帰脾湯   1.0

 甘草の量が2.5gを越えると低カリウム血症を生じやすくなります。2つ以上の製剤を併用する場合は、特に注意が必要です。

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・ 低カリウム血症の発現頻度は、長期服用、高齢者、女性で高くなる傾向があります。
・ 初期症状は、全身倦怠感、脱力感、血圧上昇、浮腫等です。(血清カリウム値の低下に注意)
・ 利尿剤、ACTH、副腎皮質ホルモン、グリチロン錠、下剤を併用している場合も要注意です。

 <患者さんに対する注意事項>

 動悸、息切れ、倦怠感、脱力感、筋力低下、筋肉痛、四肢痙攣・麻痺等の症状が現れた場合、直ちに受診すること。
 また、高齢者では偏食によるカリウム摂取の低下が起きないように指導して下さい。