ドロテアの告白

gladson2009-01-24

実は、お父さまのお言葉をふかく気に障えたのは、
わたしが召使にも似ず高慢で怒りやすいためではなく、
今日わたしに救い主のようにして現われなさった

御子息さまを、心でいとしく存じあげたためでございます。
はじめ街道でお別れしてから、どうしてもお姿が心から
去りませず、もうお嫁さんをきめておしまいなさったかしら、
見込まれた娘さんはなんと果報な方だろう、などと思っておりました。

二度目に泉のほとりでお逢いした時は、お目にかかったのが嬉しくて、
天使のお一人が現われなすったのかとさえ存じました。

それで、召使にとのお言葉によろこんでお伴をいたしましたのです。
けれど、参るみちすがら(なにを隠しましょう)やがてお宅でこのわたしが
なくて困るというふうになりましたら、ひょっとして御子息さまに
添わせていただくことにも
なろうかと、実はそんな心恃めもいたしたのです。
ですが、ああ!心ひそかに慕うお方のおそば近くに暮らすのが
どんなに危ない事かを、ただいまはじめて覚りました。

貧しい娘というものは、たといどんなしっかり者でも、金持ちの御子息と
どんなに遠く隔たっているかを、いま始めてひしと感じました。
その心は、ふとした辱めを受けたため、かえって正気に返りました。
やがて花嫁をお迎えなさるのを、胸の願いをおし隠して
お待ちせねばならぬわたしでございます。

そうなったら、なんとして心の苦しみを堪えることができましょう?
おりよく迷いを覚ましていただき、まだとり返しのつくうちに、


胸の秘密をお打ち明けしたのは、ほんとに仕合せでございました。
これで申し上げることが尽きました!愛の思いも、愚かしい望みも、
みんな包まず申し上げ、ただお恥ずかしく、落ち着かぬ心がいたします。


この上はふり切ってお暇いたさねばなりません。
・ ・・ではもう一度流浪の旅に出て行きます。・・・
御機嫌よろしゅう!ではお暇いたします。これで事が済みました」


こういいながらドロテーアは、持参の包みを依然小脇に
抱えたまま、さっさと戸口の方へ戻ろうとする。
が、母親は両腕にしっかりと娘の体を抱きとめて、


驚きの目を見張りながら、叫ぶよう、
「まア、どうしたと言うのです?泣くわけなんぞありますかい?
いいえ、わたしは放しませんよ、大事な、倅の嫁ですもの」


けれども父親は忌々しそうに向い合って、
泣いている娘を見ながら、不興げに言った。

「容赦に容赦をしたあげくのはてが、この態たらくだ。・・・
どうなりと勝手にせい!わしゃもう寝る」
時にヘルマンは父をひきとめ、嘆願して言うには、

「お父さん、まあ待ってください。娘のことで怒らずにください、
こういう縺れを惹き起こしたのは、みんなわたしが悪いのです。
それに、思いがけず牧師さんまで、心にもない事を仰しゃって、ますます縺らして
しまわれたのです。先生!わけを言ってください、あなたにお任せしたのですから。


このうえ心配やら腹立ちやら重ねないで、纏まりをつけてください・・・」
すると牧師は、品位ある微笑を浮かべて、答えるよう、
「ではいったい、どんな知恵を巡らしたら、こういう結構な打明け話を
誘い出して、娘さんの心の底を覗くことができますかね?
あなたの心配が無上の喜びに変ったではありませんか?
だからさア、自身で直に話しなさい!他人の説明が要るものですか」
といわれてヘルメンは進み出て、娘に向かい優しい言葉で、
「今の涙も、一時の悲しい思いも、悔いることではありません。
そのお蔭でわたしの幸福、また望んでよいなら、あなたの幸福もきまったのだから。

わたしが泉の所へ行ったのは、あなたという、よそから来たすぐれた娘を
召使に雇うためではなく、実はあなたの愛を求めるためだったのです。
が、まあ!なんという内気なわたしの眼だったろう。あなたの胸のやさしい思いを
見抜くことができないで、あの静かな水鏡から、わたしの方へ
あなたがそのおり挨拶したのを、友情としか見て取れなかったのです。

あなたを家に連れて来たのが、もう幸福の半分でした。
それをいま一杯の幸福にしておくれ、わたしの祝福を受けておくれ!」
娘はふかく感動して、じっとヘルマンの顔を見つめ、


歓喜の絶頂なる抱擁と接吻とを避けようとはしなかった。
恋する二人にはこの契りこそ、いまや永遠につづくと思われる。・・・


さてドロテーアは進み寄り、父親の前に淑やかに心をこめて
身をかがめ、引き込めていた父親の手を取って接吻し、言うようには、
「思いがけぬ事に遭いますので、先程は悲しみから、
またこの度は喜びから流す涙を、どうかお許しくださいまし。


新しく授かったこの幸福を、わたしに享けさせてくださいまし。
先程は心が乱れているさまに、ついお腹立ちを買いましたが、
あのような事はあれを最後に、この後は忠実にお仕えする
召使の勤めを、娘が心からお尽し申し上げましょう」
父親はすぐと抱き締めたが、さすがに涙はおし隠した。

母親は優しくそばに寄り添って、娘に心から接吻し、
手を握り合って、無言のまま共に涙に暮れるのであった。・・・