スポット派遣労働者

この体験は、書こうかどうか昨年の秋以来迷っていた。だが、「文芸春秋」6月号の奥野修司による「『悪魔のビジネス』人材派遣業」という記事を読んで、書く決心がついた。



昨年11月21日の、東大鎌倉淡青会による地球シミュレータセンター見学前の時のことだった。JR新杉田駅改札口に13時集合のために、予定の時刻より少し早めに新杉田駅に着いてトイレに入り、トイレの割りに狭い出口をよたよた足で通る際に、後ろから強い力で不意に押された。幸いに倒れずに出口を出た途端思わず振り返ったら、黒い布袋を抱えた若い痩せ男が血走った目で睨み付けながら、「のろのろ歩くな。後ろに俺がいるの分かっていたろう」と、人混みの中を歩きながら怒っていた。下手に喧嘩して殴り倒されたら大事になるので「いや!気付きませんでした。申し訳ありません」と、ひたすら謝り戦術にでた。それでも、腹の虫の居所が余程悪るかったのか「これからは、さっさと歩け」としつこい。「申し訳ありませんでした」とひたすら謝った。間もなく「今後は気をつけろ!」と捨てせりふを残して去って行った。

急場を切り抜けて集合場所に着いて、受付を済ましてから出発まで時間があるので、駅周辺を探索しようと、構内出口を出て辺りを見回したら、立ち木の傍に10人ほどの袋を抱えた男の群れが1人の指示を受けていたと思うやいなや散らばって行った。この群れの中に例の若い男がいたのでなかろうか。怖いので確かめないで身を隠した。


同様の群れを、その後東京有楽町でも見た。彼らは、派遣労働者でなかろうかと思っていたが、確信が持てなかった。しかし冒頭に述べた記事を読んで、スポット派遣の(日雇い)労働者に違いないことを悟った。彼らは、社会保険の適用がなく、派遣業者にピンハネされている、日給1万円以下の蟻地獄にいる憐れな労働者のようである。



あの若い男が怒ったのは、集合時間に遅れまいと急いでいるのを邪魔している人間と、年金で悠々と暮らしている老人達がいる日本社会なのだろう。私も何かがおかしいと思う。しかし、今年の日本人材派遣協会の新年賀詞交換会に、長勢法務大臣を始め自由・民主の両党から30人近くが出席していたというのではどうにもならない。全ての根源は、1994年に日本社会党から村山富市委員長が自民党に押されて総理大臣になって以後の、同党と労働組合の退潮に始まるのでなかろうか。