精神と物質

立花隆利根川進「精神と物質:1993年、文春文庫」をやっと読み終わる。「文芸春秋」1998年8月号〜1990年1月号まで断続的に連載したものを1990年に単行本として出版した。それが、文庫本となったものである。

1987年(昭和62年)に、利根川進氏が『抗体の多様性生成の遺伝学的原理の解明』によって日本人で初めてノーベル生理学・医学賞を受賞した。受賞理由は「一連の卓越した実験により、幼弱な細胞が抗体を生産するBリンパ球に成熟する過程で、バラバラに存在している抗体の遺伝子がどのように再構成されるかの発見に成功した」というものである。
その後間もなく、立花氏が延べ20時間にわたるインタビューを利根川氏にして、纏めた本ということである。立花氏は、高校生でも分かる程度にやさしく書いたと述べているが、専門分野が全く違うので、私には結構難しかった。でも面白く読めた。膨大な内容の中から、特に印象に残った事項を以下にメモとして残すことにする。日進月歩の分子生物学の分野では、この本の内容はクラシックになっているかもしれないが。


一つ一つの細胞にその人間の持つ全ての遺伝情報がおさめられているが、一つ一つの細胞はそのごく一部の情報だけを読み取って形質を発現する。ある細胞は筋肉になり、ある細胞は肝臓になる。筋肉になる細胞には、筋肉になる情報しかなかったというわけではない。どの細胞にも全ての情報が含まれているのである。
筋肉になった細胞にも、髪の毛になるための情報も、骨になるための情報も、その他もろもろの情報が全て含まれている。情報的には、その細胞は何にでもなりうる可能性を持っていたのである。しかし、その細胞は筋肉になるという情報だけを選択的に読んで筋肉になったのである。
なぜそうなったのか。なぜ膨大な情報の中から特定の部分だけが読み出されるのか。なぜ他の部分は読まれないのか。遺伝子表現の制御・調節メカニズムはどうなっているのか。



これが利根川氏の研究の中心テーマになっている。ノーベル賞をもたらした研究もそのライン上にある。その意味では、利根川さんの興味は、大学卒論のときから一貫している。(素人なりに、私もこの点に興味がある)

利根川氏の発見は、生殖細胞(受精卵)から体細胞(個体)にいたる過程で、遺伝子の組み換えが起きているにちがいないということを意味していた。この発見は、それまで分子生物学の常識であった、生殖細胞が体細胞になる発生分化過程で遺伝情報は変化しないという原則をもくつがえすものであったので、分子生物学界にセンセーションをまき起こした。だが、今回の対談の時点(1988年頃)では、高等動物では、上記の遺伝子組み換えは免疫系以外で見つかっていないそうである。

“精神“に関する利根川氏の意見:
将来、人間の精神現象を含めて、生命現象はすべて物質レベル説明がつけられるようになると思う。脳の生物学が進んで認識、思考、記憶、行動、性格形成等の原理が科学的に分かってくれば、人文科学という学問の内容は大いに変わると思う。神のようなものが存在するとは思わない。