狐男

昨日、JR駅川崎のホームから階段をフーフーいいながら上り切って、やっと改札口の方に向かったら、見知らぬ男が真正面から来て「○○です。お久しぶりです。」といきなり私の右手を握った。

顔を見ると、見たことがあるような、ないような感じ。老後、めっきり面貌不認知症になっているので、ここ10年内に始めて会った人の顔は、余程特徴のある人でない限り覚えていない。こちらの当惑に気づいたのか、彼は「脳梗塞で入院中に同じ部屋で点滴を受けた○○です。今私は病院に通っています。貴方はいかがですか?」と親しげに続ける。瞬間、当たっていると思い、気を許し、「私も通っています」と答えたら、「どこの病院ですか?」と訊くから「××病院です」と返事した。そしたら急に「今ローレックスを2つ持っているので、1つを差し上げます。あちらの方で女の子が待っているので・・・」と言い出した。

そこで、急に思い出した。2,3年前に、大船駅のバス停の階段を上り終わって2階広場に出た時に、同じようなことがあったのを。それで、「要らない!」と強く言って、握手を解き改札口に急いだ。



2,3年前の時は、上のような挨拶の後、ローレックスをちらりと見せながら、いきなりローレックスを私のポケットに入れて、「これ、差し上げます」
私が面食らっていると、
「あそこの喫茶店で女の子が待っているので、少し助けてもらえないでしょうか」
“何10万円もするものを只で貰っては悪いなあ!“と、腹の中で思ったので、財布を取り出して1万円札を渡そうとすると、
「もう少し何とかならないですか?」
「いくら位」
「せめて5万円」と財布の中を覗き込むようにして言う。
「残念だが、持ち合わせがありません。これお返しします」
ブランド志向が皆無の私にはローレックスは荷重の上に、偽物かもしれないという疑いがその時点で湧いてきた。それできっぱり別れた。

私が、5,6年前に軽い脳梗塞で1週間ほど入院したのは間違いない。だが偶然遭った、この男がどうしてそれを知っていたのか疑問が残る。退院間際に5,6分ほどの短時間世間話しをした男がいるのを思い出すが、彼が街で遭った男かどうかは、面貌不認知症の私には分からない。

夕方、松江から無事帰宅した家内に、この話しをしたら、「2,3人がグルになっていたら、一人と握手している間に、他の人に掏られていたかもしれない。これからは、絶対一人でふらふら出ていってはいけない、とたしなめられた」。