終戦日記;高見順

16日の深夜にamazonへオーダした「”はてな”ではじめるブログ生活」が今日の昼間に着いた。

”市民”になったので、「はてなダイアリ」の書き方を正式に勉強せねばと思ってオーダしたのだ。
全部を読むのは退屈なので、困ったときに読むことにする。


今日は典型的な梅雨日で、一日中雨が降っていたので閉じこもっていた。
そして日記の書き方について参考にしようと思って、偶々処分せずに書架に残っていた高見順終戦日記」を拾い読みした。
昭和21年の1月から12月までの日記で、3月末頃は江ノ島近くに住む武田麟太郎の臨終に徹夜で立ち会ったほど元気だったのが、年末頃は連日のように腹痛、下痢で悩まされた。

1907年生まれで、没年は1965(昭和和40年)。日本近代文学館設立に邁進し、起工式の翌日に逝去(癌)。



終戦前後の頃、北鎌倉に疎開した知人と一緒に近所を散歩したことがある。その時、知人がひっそりとした或る屋敷の門前で、「ここに高見順が住んでいる。肺結核で闘病中らしい」と言ったのが、今でも不思議に頭に残っている。


日記の中で、次の文章が特に印象に残った。
「この日記は、後日読み返す為に書いているのだろうか。
世相の変遷、風俗に関する覚え書などは、たしかに後日の何かの為にと思って書いている。しかし、私的感想のたぐいは、その場かぎりのつもりである。この矛盾。
日記をこの頃、私は、起きると書いている。頭脳のウォーホミング・アップのつもりである。」